ちょいと久しぶりの更新です。
今日は、これを聞いています。
じゃじゃじゃじゃ~~~~~~~ん!
っていう、あまりにも有名な『運命』の始まりの音。
あれは、運命が自分の心をノックする音。なのだそうですが。
激しい曲であるのと
あまりにも有名で、小学校の音楽の時間で興味もないのに聞かされたりして
いい印象がもてなくなっちゃってたりしてる過去があるため
どことなく敬遠してしまうのですけど
それは実にもったいない話で
こうして大人になって聞いてみると、やっぱ良いのであります。
そもそもこの映画は
だいぶ前に見て、相当に感動した名作の1つで
こんなにいい作品であると言うのに
DVDの廉価版が出ておらず
見返すことが出来ずにいたりするんですが
激しいだの
気狂いだの
我侭だの
変わり者だのと
あまり良い印象がもたれていない感もあるベートーベン。
彼が如何に繊細で清らかな心の持ち主であったか。
という部分が
悲しくも美しく描かれているのであって
その映画を十二分に引き立ててくれてるのが
他でもない、ベートーベン本人の楽曲たち。
これらを、有名な人が指揮して、有名な楽団が演奏している
このサントラは
非常に価値ある一枚であると。
そのように、ライナーに書いてあります。←ぶっちゃけ、自分じゃ良くわからん
聞いていると・・・
いろんなことに思いを馳せずにはおれません。
ここ数日、自分にとっても、自分の周りの方々にとっても
どことなく『激動の数日間』であったようで
いろんなものが一気に、ごっそり、たぶん、物凄い勢いで動いたのですが
それもまた運命。って言うかね。
みんな一生懸命生きていて
生きているからには
何かしらの出来事、物事には絡んでしまうのであって
絡んだからには
それ相当の経験値を積んでしまうわけで
そんな中で、どうしても、良くも悪くも自分というものは、常に変化していくのですね。
自分が変化してるってことは
周りのみんなも
自然も、地球も、宇宙も変化してるわけで
私たち人間は、どうしても知覚的なところで認識したもののことに終始しがちで
知覚出来ない部分のものは
脳みそ内で新たな刷り込みがないがゆえに
まるで時間が止まってしまったかのように存在してしまうのですが
んなこたぁなくて
やっぱみんなみんな進んでいて、変化してて。
何が言いたいのかまったくまとまらないままに書いてるから
意味不明になってしまうけれど
何しろ・・・
どうせ変化するのであれば
良い形に変化していきたいものです。
数々の苦難や、苦悩、痛みや傷を負ったとしても
最後には、この映画のベートーベンの『第九』のシーンのように
拍手喝采で幕を閉じたいな。と。
あの拍手、観客からの拍手ではあったけれど、
ベートーベン本人にはまったく聞こえていなくて、
みんなの笑顔、聞こえない歓声に驚く姿が描かれてまして
その様子を見た私は
まるでそれは、運命から彼への拍手であるように感じたのを覚えています。
本当に昔に見たものだから
すっかりうろ覚えで
細部をほとんど思い出せないのだけれど
また見たいな。
今見たらきっと違うと思う。
みんなみんな、自分の人生の主人公。
みんなみんな、それぞれを中心に回るドラマの主人公。
ここで、名演技見せずして、どうするんだ。と。
先に描かれたシナリオに沿っているだけだとしても
それを良いものにするのも悪いものにするのも主人公にかかってるわけで。
こうして、一人で聞いていると
ベートーベンの音楽は
そんな全てを物語っているかのようです。
善も悪も
未来も過去も
喜びも悲しみも
愛も憎しみも
光も闇も
すべて、すべてが、ひとつ。
そして、ひとつは、すべて。
その中の、自分。
自分の中の、すべて。
目に見えないほど大きな『何か』の一部である。
そんな私に、みんなに、また、朝はやってくるのです。